2015年11月29日日曜日

光への思い

今年もクリスマスが近づいてきました。
1年でもっとも心に灯のともる季節です♪

おかげさまで、昨年の「Happy TocoとMerry Merry
Christmas」では、多くのかたがたにお力添えをいただき、素晴らしい手芸作品を会場内に展示し、その作品たちに囲まれて、コンサートやおはなし会をすることができました。



そして今年も、開催いたします。
今日まで募集をしておりました手芸作品は、12月6日(日)聖ニコラウスの日に、仙台・茂庭台の『子どもの村 東北』にてご覧いただけます。

クリスマスという言葉じたいは、キリストの降誕を祝うものだとしても、さらに遡ればクリスマスは、キリスト教が布教されるよりもはるか以前からいたるところで行われていた冬至祭が元となったものでした。

寒さは厳しくなり、日一日と太陽の力が薄れるように感じられるなか、「備えた食糧や薪は足りるだろうか、太陽は明日もほんとうにのぼるだろうか」といった不安は膨らむばかりだったことでしょう。

かつては12月25日にあたった冬至の日は、闇がもっとも深くなる日であるとともに、光がよみがえりはじめる日。
暗黒の夜でありながら、だからこそ心に光を灯す、かけがえのない季節。

北にある国々は、不思議なほどに共通したところのある、冬至の祭りをしていました。太陽に感謝し、翌年の豊穣を願い、常緑樹を飾り、食卓を囲み、音楽を楽しむひととき。

宗教をとわず各地で行われていたことが、その後クリスマスに引き継がれていったとき、「光への思い」に多くの人が共通して心を重ねたということを考えれば、私たち日本人をふくめ、時代や地域や宗教をこえた、人間に共通するものが浮かび上がって見えてくるように思います。

震災にかぎらず、人生には、思いもよらない出来事が襲いかかるもので、一緒に暮らしていくはずだった人がそばに居なくなったり、続くはずだったことが断絶したり、また残酷な仕打ちを受けて希望が見えなくなったりすることも。
差別に苦しんだり、戦争に痛めつけられたり、人が人を苦しめる歴史も根深いものがあります。

それでも、夜はかならず明け、心に光が灯るひとときはまたやってくる。そういう願いと想いの象徴が、かつての冬至祭であり、クリスマスのように思うのです。

そのような気持ちを音楽と空間にこめて、「Happy TocoとMerry Christmas♪」をみなさまとご一緒に、と思っております。
12月6日(日)、『子どもの村 東北』にてお待ちしております。

2014年12月1日月曜日

「Happy TocoとMerry Merry Christmas!」

いよいよ12月となりましたね。
昨日からアドベントに入り、街もクリスマスにむけて華やいできました。

私どもHappy Tocoメンバーは3人とも、とくに特定の宗教には属していませんが、クリスマスには、音楽にも美術にもほんとうに心あたたまる作品が多いことに、つねづね感じ入るものがありました。

さまざま文献を読み込んでみますと、クリスマスには、宗教をこえて、平和を願い、優しい時間を築いてきた歴史があることがよくわかります。
そのような精神を根底に引き継ぎながら、クリスマスを楽しみにする気持ちを大切にしたいと思い、またみなさんとあたたかな時間をご一緒したいという思いから、今年は『Happy TocoとMerry Merry Christmas』という催しをすることにいたしました♪


12月16日(火)から21日(日)までの6日間、タティングレースはじめ、さまざまクリスマスをモチーフにした手芸作品を展示したギャラリー内で、毎日1つの音楽会とおはなし会を開催します。初日から順に各日の内容をご紹介しましょう。

♪16日 「イギリスのクリスマス」おはなし会 & 「しずかな しずかな しずかな クリスマス」コンサート
13時から、イギリスをはじめヨーロッパ各国を歴訪され、作品が掲載されたご本もたくさんおありのタティングレース作家・広瀬史子さんが、「イギリスのクリスマス」と題しておはなしくださいます。イギリスのクリスマスディナーの様子などもご紹介くださるとのことです。
会期中、広瀬史子さんの作品をご覧いただけるコーナーもございます。息をのむほどに美しい作品です。
17時からは、「もみの木」「牧人ひつじを」「ひいらぎ飾ろう」など演奏します。


♪17日 ミニミニランチコンサート & 「クリスマスのジャズ」おはなし会
12時から、ミニミニランチをお出しし、コンサートをします。
この日のおはなし会と繋がるよう、「The Christmas Song」「Have yourself A Merry Little Christmas」などクリスマスのスタンダード・ジャズナンバーを演奏します。

16時から、「クリスマスとジャズ」と題し、光裕&聡子がクリスマスにまつわるジャズナンバーのエピソードなどをおはなしします。


♪18日 トリオコンサート & 「ドイツのクリスマス」おはなし会
13時から、岸川くんのパーカッションとともにトリオコンサートをします。
「白い恋人たち」「白銀は招くよ」「ノルウェーの森」など演奏します。
16時からは、ドイツ文学研究者のエルンスト・フリードリヒ・ゾンダーマンさんが、「ドイツのクリスマス」と題して母国のクリスマスについておはなしくださいます。


♪19日 ティーパーティコンサート & 「フィンランドのクリスマス」おはなし会
13時から、シュトレンとグリューワイン(またはティー)をお出しし、コンサートをします。
おはなし会に合わせて、フィンランドの楽曲を演奏します。
17時から、フィンランド在住でいらした照明デザイナーの梅田かおりさんが、「フィンランドのクリスマス」と題し、フィンランドの暮らしの中のキャンドルや照明について、またその作家たちについて、おはなしくださいます。


♪20日 「日本のクリスマスの歴史と音楽」おはなし会 & ナイトパーティコンサート
13時から、日本にこれほどにクリスマスが受け入れられたのはどのような歴史があったのか、またどのように人々がクリスマスを楽しんできたか、光裕&聡子がおはなしします。

17時からは、ナイトパーティコンサート。ホワイトシチューなどお出しします。
音楽と食事であたたまっていただきたいと思います。


♪21日 あなたの思い出のChristmas Songコンサート
いよいよ最終日です。
みなさまから寄せられたお便りにもとづいた音楽会をします。




このとおり、連日、盛りだくさんな内容で、みなさまをお待ちしております。
また、ギャラリー内では、Happy Toco手芸部のリーダーをつとめてくださっています、佐野さとりさんによる、Happy TocoチャーミングCDシリーズ盤面イラストの原画展も同時開催いたします。
さまざまなどうぞお楽しみにお出かけください♪

2014年4月10日木曜日

あたらしい はじまりに

いよいよ宮城で、桜が咲き始めました。
4月10日の今日は、旧暦で3月11日とのこと。
淡紅色の花びらたちを眺めていると、今年も春が訪れたことをしみじみ感じます。

あの日からも、1日1ニュースを140字にこめてTwitterにて発信することは、何とか今日まで続けることができましたが、日本に起こったこと、今なお起こっていることを考えない日はなく、なかなか多くを言葉にできない日々でした。


そのような私に、みじかい言葉で、たいせつなことを綴る機会が訪れました。
ボランティアで関わった宮城県石巻市で、震災後あらたに統合し開校することになった小学校の校歌の作詞をすることになったのでした。

当初は、石巻で生まれ育ったかたが書かれたほうがよいのでは、と思いました。
と同時に、作曲を引き受けたのは、Happy Tocoピアニスト・榊原光裕でした。
徐々に、私も、いただいたお気持ちに精一杯おこたえしたい、という思いをもつことができました。


まず、在校生やご父兄のかたがたに、歌詞に入れてほしい言葉をお出しいただきました。
すべてに目を通し、できるかぎり思いをくみとりたいと考えました。
ただ、「絆」だとか「希望」といった言葉ではなく、そうしたことがそっと伝わるような言葉を用いたり、具体的な地名一つ一つではなく、もうすこし大きな目で「世界」をとらえるような表現にしたいと考えました。

私がまず校歌に盛り込みたいと考えた内容は、
人間が対峙するには、自然の力は壮大なもので、ときとしてなにもかも奪い去っていくのも自然かもしれないが、恵みをもたらしてくれるのもまた自然である、ということ、
長い長い歴史の中では、人間が生きているのはいっときかもしれないが、いまここに生かされているのはたしかなことで、あなたがいて、私がいるのだ、ということ、
どんな時代にも、音楽があり、想像を絶するような過酷ななかでも、人々は歌い、光を見出してきたのだ、ということなどでした。


そして作詞と作曲を同時にお互いに進めるなかで歌ってみたりしながら、推敲を重ねました。
あたらしい学校は、橋浦小学校、相川小学校、吉浜小学校、という三校が一つになる、という学校でしたので、橋浦小学校の「橋」、相川小学校の「川」そして、吉浜小学校の校歌の一フレーズを入れることにしました。


震災をなまなましくあじわった子供たちがほとんど、という小学校の門出にあたって、「自分たちこそが、さまざまなことを乗り越えて、しっかりと考えて、しっかりと立って、しっかりと生きて、この学校の歴史を作っていくのだ」という自負のようなものを持ってもらいたい、という願いもこめました。


自然災害というのは、人間にとっては災害でも、自然の大きな営みのなかの出来事である、という面もあるかと思います。
人間の誕生や、もっというと山や川の誕生さえも、すべてが自然の営みのなかから出来たことで、そういうことも含めての“自然”であることをあらためて受け入れなければいけない、という思いもありました。

そして、そうした大きな災害でなくとも、人生には、理不尽にかんじることや、思いもよらない悲しいことが多々あるでしょう。
大きな喪失感、無力感などに、負けそうになっても、感情におしつぶされそうになっても、もしも校歌の一フレーズでも思い出してそれがほんのすこしでも気持ちの助けになるようなことがあったら、それ以上の喜びはない、という気持ちで書きました。

よろしければお聴きください。


作曲をした榊原光裕がイメージした、3校が一つになり未来へ広がる象徴としての、3つのパートが同じメロディを追いかけ歌うエコーのような響き、3番までの各最後の5度のハーモニーなど、あじわっていただければ幸いです。

2013年2月8日金曜日

「さかのぼってもいいですか」

先日発表された第148回芥川賞に、作品が選ばれた黒田夏子さんが、受賞後に新聞へ寄せたエッセイのタイトルが、「さかのぼってもいいですか」。

その一節をかいつまんで引用すると―
「受賞すると、受賞第一作というものが期待されるならわしらしいが、ざんねんながら早急には応じがたい老新人のじじょうをいくつか記しておく。
まずは、受賞第一作にあたるものはすでに書かれてしまっている。……それぞれに五、六ねんづつかかった三ぺんから成る作品があって、じじつじょうこれが次作になる。
……もうひとつさかのぼった作品は、一九八四年、四十七さいで書きあげている。しかし七百まいという分量だけからしても無名者の出版交渉がまとまる見こみはなかった。
……ただでさえ一作に十ねんといった今までの歩調ではつぎの完成まで生きているかどうかもあやしくてやくそくのしようもない受賞第一作ではあるが、もしさかのぼっていいのなら七百まいがずっと待っている。」

このウィットにとんだ、75歳の黒田さんのエッセイには、すっかり引きつけられました。
黒田さんのように、一つの道を長い年月にわたって究め続けていらっしゃるかたには、いつも共感をおぼえ、また敬服しますが、とりわけ「生きているうちに見つけてくださいまして、ありがとうございました」という言葉には、ほんとうに地道な努力を積み重ねてこられたかただから発することができる、自負がこめられた重厚な歓喜が感じられ、こちらまで感極まる思いがしました。

前置きが長くなりましたが、じつは1年以上ぶりのBlog再開にあたり、
お伝えしたかったことは一言、「さかのぼってもいいですか」。

Blogを更新しない間、Twitterにて1日1ニュース、日々ほぼ140字で発信することを続けてまいりました。
お読みくださっているお客さまたちから、「もっとそのつづきも知りたいです」と言っていただくことがふえてきました。
ウェブサイトのデザイナーも、「Blogもまた書いてください、Blogのページデザインもマイナーチェンジしておきましたから」と背中を押してくださいました。

黒田さんとはまた違う意味においてですが、さかのぼってよろしいでしょうか。
あいかわらずマイペースで、になりそうですが、すこしずつ、活動を振り返りながら、あらためてお伝えしていきたいと思っております。

2011年8月12日金曜日

あの日から5か月―

長らくごぶさたいたしました。

あの日から、今日で5か月―季節は移ろい、暑い夏となりました。

あれから、事態が大きく動いたことも、あまり動いていないことも、
そして、すこし希望がみえたことも、まったくみえてこないことも……。


「何も終わっていないし、何も始まっていない」……そうつぶやいた
方がいました。

いまだ避難されている方や、さまざま失った方とお話していると、
あらゆる思いを封じ込めて明るい笑顔を見せてくださる方も
おられれば、悲痛を言葉にしてぶつけてくださる方もおられますが、
言葉にさえせずに、あるいはできずに、ひっそりとされている方も
多くおられることを感じます。


生きていく、ということは、そもそもほんとうに大変なことです……が、
この3月に起きたこと、そして原発の問題を含め今なお続いていることに
苦しめられている方々に、どうしたらもっと寄りそえるか、それを
考えない日はありません。
そしてなぜこれほどにも深刻な事態に陥ることになってしまったのか、
それも考えずにはいられません。

ずっと、より大切にすべきことがあったのに、それこそ大きなうねりに
飲みこまれ、小さな声はかき消されてきた―震災対策であれ、原発問題
であれ、調べれば調べるほど、同じことが根本に問題にあったように
感じられます。


一つしいて言うなれば、「こういうことが豊かさというものだ」という
価値観が、日本全体でもうすこし変わってもいいのではないか……
ということ、ひいては、止めるべきものと気づいたものを止めたり、
昔のように戻したりすることも、いまこそ必要な‘前進’なのでは
ないか……ということを感じています。

先日、「発達してしまった科学を、後戻りさせるという選択はあり得ない。
それは、人類をやめろ、というのと同じ」と、いささか乱暴な言説を
表明した作家がいましたが、それはだいぶ破綻した論理で、
これまでもそうであったように、科学により獲得した新たなる技術であれ、
それがよろしくないと判断されたときには、人間の知性や理性によって
放棄されたり、よりよい他の技術に置き換えられたりしていかなければ
ならないのではないでしょうか。
せめてそうでなければ、人間として、あまりにも驕った態度だと思うのです。


人間は、40億年前にこの地球上にあらわれた生命から進化してきている
とのこと。さまざまな生物が、進化し、戦ったり助け合ったり、食べ物を
供給し合い、豊かな自然をすみかとして、40億年もの間、生きてきた―
つまりは、一人の人間が100年生きたとしても、その4000万倍の間、
ずっと続いてきた地球の生命活動が、いま脅かされつつあるという事実……。

生命科学者、柳澤桂子さんによる一首が心に響く、2011年の夏です。

「生きるという 悲しいことを 我はする 草木も虫も 鳥もするなり」