2016年9月2日金曜日

いよいよ、アラヤード・ピクニック!!

いよいよ明日、何年かあたためてきた思いを、みなさまと共有できます。

たった今、明日トーク・セッションで登壇いただく、大森山動物園・小松守園長と、月刊『ソトコト』・指出一正編集長と、会食を終え、交わした対話に心満たされ、すでに胸がいっぱいです。







以下、会場でお配りするパンフレットに掲載したご挨拶文です。

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小さい頃、祖母 いちのと一緒に過ごす時間が長く、ときには祖母が ‘むじんこ’と呼んでいた、近所の方々とのお食事会にも参加していたためか、集まって食卓を囲むことの喜びや、それぞれの家々にそれぞれの料理があることの楽しさは、ずっと心にありました。

くわえて、通っていた日新小学校までの通学路に、酒蔵、味噌醤油や塩魚汁や寿司鰰の製造元が何軒もあり、それらはとても身近な文化でした。
杉玉も、見慣れたものでした。

そうした自分が一人暮らしをするようになったとき、自分の味覚は、新屋で育てられたことをつよく感じました。
そして、今ふたたび見直されている‘発酵’食を、好んでつねに口にしている自分にも気づきました。


個食、孤食、粉食などが課題提起される今の時代、たしかに誰もが忙しく、丁寧に出汁をひいたり、日頃から保存食をつくったり、ということは、限られた方にしか、叶わないことなのかもしれません。
それでもせめて、新屋の水の文化や食の文化を改めて一緒に学んだり共有したりする機会を持つことはできないか、という思いを、長らくあたたためていました。

何か今、新屋で出来ることがないか、という気持ちが高まっていたとき、宮城で震災を経験しました。まもなく、いわゆる被災地の問題として、‘失われていく誇り’、‘受け継がれない文化’、‘支え合う関係の薄さ’などが、声高に語られるようになりましたが、そうしたことを聞くたびに、けっして被災地だけの問題でもなければ、地方だけの問題でもない、と感じました。

そして、平成11年から、宮城・旧 宮崎町(現・加美町)で開催された「食の文化祭」のすばらしさなどを知っていたことは、私がささやかながらも行動をおこす、一つのきっかけになりました。

「食の文化祭」は、10歳代から90歳代までの方々が、ふだん食している料理を持ち寄り、展示されたものでしたが、なんと宮崎町1,500世帯のうち600世帯から、850品の「我が家の自慢料理」が集まったのでした。翌年からは、1000品をこえる料理が一堂に。地元の方々も、他地域から訪れた方々も、あらためて宮崎町の風土に培われた、食文化の豊かさに、はっとしたそうです。

また、平成14年には、宮城・旧 北上町(現・石巻市)で、「みやぎ食育の里づくり -北上町の食文化を次世代に-」として、生活文化を記録、継承される取り組みがなされました。旧 北上町は、新屋と同じように、川と山と海に囲まれた地域です。里山の山菜40種、きのこ30種、果実や木の実30種、海の魚介類や海草100種、川の淡水魚介類10種―。身の回りの自然は、食材の宝庫でもあったことと、おのずと地域のかたがたが身につけている食にまつわる技術はじつに多様であったことに、誰より地元の方々同士が感じとった、と聞いています。

そうした料理は、ふだんから一人一品大皿で持ち寄り「とりまわし」料理として楽しまれていたといいます。
その様子の写真を見ると、祖母と一緒にあじわった ‘むじんこ’ の楽しさがよみがえりました。


まさに同じ頃、世界でも同じような取り組みが展開されはじめていたのでした。
『隣人祭り La Fete des Voisins』は、1999年フランス、パリの小さなアパートでおきた高齢者の孤独死をきっかけに、住民たちが建物の中庭に集まり、交流のための食事会を行ったことから始まったとのこと。

『隣人祭り』発起人のアタナーズ・ペリファンさんは、「僕が『隣人祭り』を立ち上げたのは、孤独や引きこもり、無関心といったものに抵抗するためでした。地球の向こう側にいる見ず知らずの人たちとはネットで繋がろうとするのに、近くにいるお隣さんにはこんにちはと声もかけようとしない。なんともおかしな世の中に僕たちは住んでいます。」というメッセージを投げかけています。
ちなみに、『隣人祭り』日本支部は、「ソトコト」内におかれています。


私自身が、出来ることは、ほんの小さなことです。
しかし、一人また一人と、知恵とエネルギーを持ち寄れば、思いがけないことが出来るかもしれません。

今回は、小さいときから可愛がってくださった、地元の方々に協力をいただきながら、まずは一歩、踏み出そうという思いから開催する、「第ゼロ回」です。

まさにキックオフとして、トーク・セッションの場をセッティングしました。
新屋を語るときにかかせない「水」をテーマに、タイトルを『水と地球といきものと』として、大森山動物園・小松守園長と、月刊『ソトコト』・指出一正編集長をお招きしました。

すべてのいきものにとって、いのちの源は水。
そのテーマに関して、大変造詣の深いお二人にご登壇をお引き受けいただきましたこと、ほんとうに嬉しく思っております。

これから「アラヤード・ピクニック」がどのようなかたちに育っていくかは、みなさまにもかかっています!
もしもご賛同いただけるようでしたら、どうか、お力添えください。

よき時間が生まれていきます、始まりの日となりますことを願いつつ。

                アラヤード・ピクニック実行委員 佐藤聡子

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今回は、トーク・セッションのまえに、ほんのすこし、前座として演奏することにいたしました。

「アラヤード・ピクニック」に賛同してくれた、小学校と中学校で一緒だった友人が、「アラヤード・ピクニック」開幕にあわせて、Happy Tocoへのエールをかねて、こんな素敵な文章を贈ってくれました。

感謝をこめて、ここで紹介します。


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Happy Tocoに出会う前、ヴァイオリンの音が苦手でした。女性の甲高い声のように聴こえ、落ち着かない気持ちになることが多かったのです。ところが、聡子さんのヴァイオリンは違いました。安らぐときもあれば、激しく魂を揺さぶられるときもあり、もっと聴いていたいと思う音色なのです。同じヴァイオリンなのに何が違うのか、不思議に思っていました。
そして、Happy Tocoの演奏を聴いているときに、はたと気付きました。

「今、草原にいて、風に吹かれている感じがする」

そこはもちろん草原ではなく、コンクリートに囲まれたビルの中にあるライブハウスでしたが。もしも目を閉じて、川のせせらぎや小鳥のさえずりが聞こえてきたら、大自然の中にいることをイメージするでしょう。そんな風に、Happy Tocoのメンバーが奏でる音のすべてが融合し、心の中の草原を私に呼び起こさせたのです。

思うに、聡子さんのヴァイオリンをはじめ、榊原さんのピアノも、岸川さんのドラムスも、単なる楽器の音を超えて、「大自然=地球」の音の一部になっているのではないでしょうか。だから、心地いい。だから、生命に訴えかけてくる。

Happy Tocoの演奏を聴いていると、草原だけでなく、曲によって都会の夜や異次元への入り口などさまざまな情景が浮かびます。そして、切なくなったり、楽しくなったり、さまざまな感情を喚起されます。音楽の力によって、自分の生命が掘り起こされるような気分です。

ここまで書いて思いました、音楽の素晴らしさを言葉で伝えるなんて私にはできないようです。ぜひ、Happy Tocoの演奏を聴いて、心の響きを感じてみてください。

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お話もお食事も音楽も、すべてあってのアラヤード・ピクニック♪
明日が、よき出発の日になりますように!

2015年11月29日日曜日

光への思い

今年もクリスマスが近づいてきました。
1年でもっとも心に灯のともる季節です♪

おかげさまで、昨年の「Happy TocoとMerry Merry
Christmas」では、多くのかたがたにお力添えをいただき、素晴らしい手芸作品を会場内に展示し、その作品たちに囲まれて、コンサートやおはなし会をすることができました。



そして今年も、開催いたします。
今日まで募集をしておりました手芸作品は、12月6日(日)聖ニコラウスの日に、仙台・茂庭台の『子どもの村 東北』にてご覧いただけます。

クリスマスという言葉じたいは、キリストの降誕を祝うものだとしても、さらに遡ればクリスマスは、キリスト教が布教されるよりもはるか以前からいたるところで行われていた冬至祭が元となったものでした。

寒さは厳しくなり、日一日と太陽の力が薄れるように感じられるなか、「備えた食糧や薪は足りるだろうか、太陽は明日もほんとうにのぼるだろうか」といった不安は膨らむばかりだったことでしょう。

かつては12月25日にあたった冬至の日は、闇がもっとも深くなる日であるとともに、光がよみがえりはじめる日。
暗黒の夜でありながら、だからこそ心に光を灯す、かけがえのない季節。

北にある国々は、不思議なほどに共通したところのある、冬至の祭りをしていました。太陽に感謝し、翌年の豊穣を願い、常緑樹を飾り、食卓を囲み、音楽を楽しむひととき。

宗教をとわず各地で行われていたことが、その後クリスマスに引き継がれていったとき、「光への思い」に多くの人が共通して心を重ねたということを考えれば、私たち日本人をふくめ、時代や地域や宗教をこえた、人間に共通するものが浮かび上がって見えてくるように思います。

震災にかぎらず、人生には、思いもよらない出来事が襲いかかるもので、一緒に暮らしていくはずだった人がそばに居なくなったり、続くはずだったことが断絶したり、また残酷な仕打ちを受けて希望が見えなくなったりすることも。
差別に苦しんだり、戦争に痛めつけられたり、人が人を苦しめる歴史も根深いものがあります。

それでも、夜はかならず明け、心に光が灯るひとときはまたやってくる。そういう願いと想いの象徴が、かつての冬至祭であり、クリスマスのように思うのです。

そのような気持ちを音楽と空間にこめて、「Happy TocoとMerry Christmas♪」をみなさまとご一緒に、と思っております。
12月6日(日)、『子どもの村 東北』にてお待ちしております。

2014年12月1日月曜日

「Happy TocoとMerry Merry Christmas!」

いよいよ12月となりましたね。
昨日からアドベントに入り、街もクリスマスにむけて華やいできました。

私どもHappy Tocoメンバーは3人とも、とくに特定の宗教には属していませんが、クリスマスには、音楽にも美術にもほんとうに心あたたまる作品が多いことに、つねづね感じ入るものがありました。

さまざま文献を読み込んでみますと、クリスマスには、宗教をこえて、平和を願い、優しい時間を築いてきた歴史があることがよくわかります。
そのような精神を根底に引き継ぎながら、クリスマスを楽しみにする気持ちを大切にしたいと思い、またみなさんとあたたかな時間をご一緒したいという思いから、今年は『Happy TocoとMerry Merry Christmas』という催しをすることにいたしました♪


12月16日(火)から21日(日)までの6日間、タティングレースはじめ、さまざまクリスマスをモチーフにした手芸作品を展示したギャラリー内で、毎日1つの音楽会とおはなし会を開催します。初日から順に各日の内容をご紹介しましょう。

♪16日 「イギリスのクリスマス」おはなし会 & 「しずかな しずかな しずかな クリスマス」コンサート
13時から、イギリスをはじめヨーロッパ各国を歴訪され、作品が掲載されたご本もたくさんおありのタティングレース作家・広瀬史子さんが、「イギリスのクリスマス」と題しておはなしくださいます。イギリスのクリスマスディナーの様子などもご紹介くださるとのことです。
会期中、広瀬史子さんの作品をご覧いただけるコーナーもございます。息をのむほどに美しい作品です。
17時からは、「もみの木」「牧人ひつじを」「ひいらぎ飾ろう」など演奏します。


♪17日 ミニミニランチコンサート & 「クリスマスのジャズ」おはなし会
12時から、ミニミニランチをお出しし、コンサートをします。
この日のおはなし会と繋がるよう、「The Christmas Song」「Have yourself A Merry Little Christmas」などクリスマスのスタンダード・ジャズナンバーを演奏します。

16時から、「クリスマスとジャズ」と題し、光裕&聡子がクリスマスにまつわるジャズナンバーのエピソードなどをおはなしします。


♪18日 トリオコンサート & 「ドイツのクリスマス」おはなし会
13時から、岸川くんのパーカッションとともにトリオコンサートをします。
「白い恋人たち」「白銀は招くよ」「ノルウェーの森」など演奏します。
16時からは、ドイツ文学研究者のエルンスト・フリードリヒ・ゾンダーマンさんが、「ドイツのクリスマス」と題して母国のクリスマスについておはなしくださいます。


♪19日 ティーパーティコンサート & 「フィンランドのクリスマス」おはなし会
13時から、シュトレンとグリューワイン(またはティー)をお出しし、コンサートをします。
おはなし会に合わせて、フィンランドの楽曲を演奏します。
17時から、フィンランド在住でいらした照明デザイナーの梅田かおりさんが、「フィンランドのクリスマス」と題し、フィンランドの暮らしの中のキャンドルや照明について、またその作家たちについて、おはなしくださいます。


♪20日 「日本のクリスマスの歴史と音楽」おはなし会 & ナイトパーティコンサート
13時から、日本にこれほどにクリスマスが受け入れられたのはどのような歴史があったのか、またどのように人々がクリスマスを楽しんできたか、光裕&聡子がおはなしします。

17時からは、ナイトパーティコンサート。ホワイトシチューなどお出しします。
音楽と食事であたたまっていただきたいと思います。


♪21日 あなたの思い出のChristmas Songコンサート
いよいよ最終日です。
みなさまから寄せられたお便りにもとづいた音楽会をします。




このとおり、連日、盛りだくさんな内容で、みなさまをお待ちしております。
また、ギャラリー内では、Happy Toco手芸部のリーダーをつとめてくださっています、佐野さとりさんによる、Happy TocoチャーミングCDシリーズ盤面イラストの原画展も同時開催いたします。
さまざまなどうぞお楽しみにお出かけください♪

2014年4月10日木曜日

あたらしい はじまりに

いよいよ宮城で、桜が咲き始めました。
4月10日の今日は、旧暦で3月11日とのこと。
淡紅色の花びらたちを眺めていると、今年も春が訪れたことをしみじみ感じます。

あの日からも、1日1ニュースを140字にこめてTwitterにて発信することは、何とか今日まで続けることができましたが、日本に起こったこと、今なお起こっていることを考えない日はなく、なかなか多くを言葉にできない日々でした。


そのような私に、みじかい言葉で、たいせつなことを綴る機会が訪れました。
ボランティアで関わった宮城県石巻市で、震災後あらたに統合し開校することになった小学校の校歌の作詞をすることになったのでした。

当初は、石巻で生まれ育ったかたが書かれたほうがよいのでは、と思いました。
と同時に、作曲を引き受けたのは、Happy Tocoピアニスト・榊原光裕でした。
徐々に、私も、いただいたお気持ちに精一杯おこたえしたい、という思いをもつことができました。


まず、在校生やご父兄のかたがたに、歌詞に入れてほしい言葉をお出しいただきました。
すべてに目を通し、できるかぎり思いをくみとりたいと考えました。
ただ、「絆」だとか「希望」といった言葉ではなく、そうしたことがそっと伝わるような言葉を用いたり、具体的な地名一つ一つではなく、もうすこし大きな目で「世界」をとらえるような表現にしたいと考えました。

私がまず校歌に盛り込みたいと考えた内容は、
人間が対峙するには、自然の力は壮大なもので、ときとしてなにもかも奪い去っていくのも自然かもしれないが、恵みをもたらしてくれるのもまた自然である、ということ、
長い長い歴史の中では、人間が生きているのはいっときかもしれないが、いまここに生かされているのはたしかなことで、あなたがいて、私がいるのだ、ということ、
どんな時代にも、音楽があり、想像を絶するような過酷ななかでも、人々は歌い、光を見出してきたのだ、ということなどでした。


そして作詞と作曲を同時にお互いに進めるなかで歌ってみたりしながら、推敲を重ねました。
あたらしい学校は、橋浦小学校、相川小学校、吉浜小学校、という三校が一つになる、という学校でしたので、橋浦小学校の「橋」、相川小学校の「川」そして、吉浜小学校の校歌の一フレーズを入れることにしました。


震災をなまなましくあじわった子供たちがほとんど、という小学校の門出にあたって、「自分たちこそが、さまざまなことを乗り越えて、しっかりと考えて、しっかりと立って、しっかりと生きて、この学校の歴史を作っていくのだ」という自負のようなものを持ってもらいたい、という願いもこめました。


自然災害というのは、人間にとっては災害でも、自然の大きな営みのなかの出来事である、という面もあるかと思います。
人間の誕生や、もっというと山や川の誕生さえも、すべてが自然の営みのなかから出来たことで、そういうことも含めての“自然”であることをあらためて受け入れなければいけない、という思いもありました。

そして、そうした大きな災害でなくとも、人生には、理不尽にかんじることや、思いもよらない悲しいことが多々あるでしょう。
大きな喪失感、無力感などに、負けそうになっても、感情におしつぶされそうになっても、もしも校歌の一フレーズでも思い出してそれがほんのすこしでも気持ちの助けになるようなことがあったら、それ以上の喜びはない、という気持ちで書きました。

よろしければお聴きください。


作曲をした榊原光裕がイメージした、3校が一つになり未来へ広がる象徴としての、3つのパートが同じメロディを追いかけ歌うエコーのような響き、3番までの各最後の5度のハーモニーなど、あじわっていただければ幸いです。

2013年2月8日金曜日

「さかのぼってもいいですか」

先日発表された第148回芥川賞に、作品が選ばれた黒田夏子さんが、受賞後に新聞へ寄せたエッセイのタイトルが、「さかのぼってもいいですか」。

その一節をかいつまんで引用すると―
「受賞すると、受賞第一作というものが期待されるならわしらしいが、ざんねんながら早急には応じがたい老新人のじじょうをいくつか記しておく。
まずは、受賞第一作にあたるものはすでに書かれてしまっている。……それぞれに五、六ねんづつかかった三ぺんから成る作品があって、じじつじょうこれが次作になる。
……もうひとつさかのぼった作品は、一九八四年、四十七さいで書きあげている。しかし七百まいという分量だけからしても無名者の出版交渉がまとまる見こみはなかった。
……ただでさえ一作に十ねんといった今までの歩調ではつぎの完成まで生きているかどうかもあやしくてやくそくのしようもない受賞第一作ではあるが、もしさかのぼっていいのなら七百まいがずっと待っている。」

このウィットにとんだ、75歳の黒田さんのエッセイには、すっかり引きつけられました。
黒田さんのように、一つの道を長い年月にわたって究め続けていらっしゃるかたには、いつも共感をおぼえ、また敬服しますが、とりわけ「生きているうちに見つけてくださいまして、ありがとうございました」という言葉には、ほんとうに地道な努力を積み重ねてこられたかただから発することができる、自負がこめられた重厚な歓喜が感じられ、こちらまで感極まる思いがしました。

前置きが長くなりましたが、じつは1年以上ぶりのBlog再開にあたり、
お伝えしたかったことは一言、「さかのぼってもいいですか」。

Blogを更新しない間、Twitterにて1日1ニュース、日々ほぼ140字で発信することを続けてまいりました。
お読みくださっているお客さまたちから、「もっとそのつづきも知りたいです」と言っていただくことがふえてきました。
ウェブサイトのデザイナーも、「Blogもまた書いてください、Blogのページデザインもマイナーチェンジしておきましたから」と背中を押してくださいました。

黒田さんとはまた違う意味においてですが、さかのぼってよろしいでしょうか。
あいかわらずマイペースで、になりそうですが、すこしずつ、活動を振り返りながら、あらためてお伝えしていきたいと思っております。